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大阪高等裁判所 昭和36年(ネ)497号 判決 1963年8月27日

控訴人 伊藤明

被控訴人 伊藤文雄

主文

一、原判決を次のとおり変更する。

(一)  被控訴人は「本家田邊屋」という商号を使用してはならない。

(二)  被控訴人は控訴人に対し昭和三四年四月六日大阪法務局高槻出張所でした「本家田辺屋」の商号登記の抹消登記手続をせよ。

(三)控訴人のその余の請求を棄却する。

二、新請求について。

(一)  被控訴人は「六代目本家田邊屋」という商号を使用してはならない。

(二)  被控訴人は「本家田邊屋」「六代目本家田邊屋」という商号と「田邊屋の冬籠」「田邊屋の冬籠姫」という商標を商品菓子類及びその包装紙に使用してはならない。

(三)  控訴人のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は「田邊屋」「本家田邊屋」という商号を使用してはならない。」及び主文第一項の(二)並びに第三項同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする」との判決を求めた。

控訴代理人は、新請求の趣旨として、「被控訴人は「六代目本家田邊屋」という商号を使用してはならない。被控訴人は、「田邊屋」「本家田邊屋」「六代目本家田邊屋」という商号と「田邊屋の冬籠」「田邊屋の冬籠姫」という商標を商品菓子類及びその包装紙に使用してはならない。」との判決を求め、被控訴代理人は、新請求に対する答弁として「控訴人の新請求を却下する。」との判決を求めた。

第一、控訴代理人は請求の原因として次のとおり述べた。

一、控訴人と被控訴人の身分関係は別紙系図記載のとおりで、控訴人は数十年前から肩書住所地で「田邊屋」という商号を使用して製菓業を営み、その製品であるあん巻菓子「田邊屋の冬籠」は「田邊の」については登録第五八三五六六号商標、「田邊屋の冬籠」については登録第五五四七〇〇号商標、「冬籠」については登録第三八一三〇二号及び登録第四五九二四二号商標で夫々その登録をすませた。

二、被控訴人は不正の目的をもつて、控訴人の営業と誤認させる「田邊屋」「本家田邊屋」「六代目本家田邊屋」をその商号として使用しはじめた。即ち、

(一)  伊藤家の元祖は訴外亡伊藤幸七で、同人は、元治元年高槻に来て、伊藤姓を名乗り菓子製造業をはじめた。

(二)  同人の養子訴外亡伊藤梅吉は大正九年頃その二人の子供である控訴人と訴外亡伊藤孝三郎の両名に夫々家業を継承させた。そこで、控訴人は、「田邊屋」という商号を使用して菓子営業に精励し、大正一三年にはその製品について「冬籠」という登録商標を専有するに至つた。

一方右伊藤孝三郎も「田邊屋」という商号で菓子営業をし同人は昭和一一年死亡し、その子訴外亡伊藤栄太郎が承継した。

(三)  そこで、昭和一七年頃控訴人の「(西)田邊屋」と伊藤栄太郎の「(東)田邊屋」が併存していたが、同人は昭和一八年頃菓子営業を廃止し、その妻の郷里である愛媛県大洲市に転住し、終戦後になつても営業を再開する意思はなく、昭和二二年一〇月頃には高槻市に残存していた家屋も売り払つて一切の整理をすませて、大洲市に定住し、昭和三一年二月二七日同市で死亡した。

(四)  被控訴人は右伊藤栄太郎の弟で昭和二一年頃復員したものであるが、寄寓先がなく諸方を転々とし、農家の手伝い、日雇、下駄の行商などをして僅かに糊口を凌いでいるうち、精神に異常をきたしたので、控訴人はこれをみかねて、昭和二六年七月頃から被控訴人を控訴人方の使用人名義で住み込ませた。被控訴人は病状もよくなり妻帯してからは控訴人方に通勤して控訴人方の菓子製造に従事した。

(五)  ところが被控訴人は、昭和三三年一二月、控訴人方が一年を通じて最も多忙な時に、突如控訴人方を無断でやめ、高槻市内のしかも控訴人方と約一〇〇メートル余りしか距つてない被控訴人肩書住所地に店舗を開き、控訴人方と同一の商号である「田邊屋」或は、類似の商号である「本家田邊屋」「六代目本家田邊屋」の商号を用い、控訴人方と同種のあん巻菓子を製造し、それに控訴人方と同じ「田邊屋の冬籠」「田邊屋の冬籠姫」という名称をつけ右商号や同一商標の包装紙を用いてその販売をはじめた。

(六)  そうして控訴人が長年使用してきた商号「田邊屋」が未登記であつたのを奇貨に被控訴人は昭和三四年四月六日大阪法務局高槻出張所に「本家田辺屋」という商号登記をした。

(七)  以上の次第で、被控訴人の右一連の行為は、控訴人が「田邊屋」という商号で営々数十年にわたつて努力を重ねて築き上げた営業上の実績を老獪な手段で蚕食し、自分の営業を控訴人の営業であるかのように一般人を誤認させる意図のもとに、控訴人の商号と同一の或は類似の商号を用いて高槻市内で同一の営業をはじめたもので、そのため控訴人は世人一般の顧客から屡々被控訴人の営業と混同誤認される有様で、控訴人の利益が害される虞れがあること勿論である。

三、そこで控訴人は、被控訴人に対し商法二一条により、被控訴人が「田邊屋」「本家田邊屋」「六代目本家田邊屋」という商号を使用することの禁止と、被控訴人がした「本家田辺屋」という商号登記の抹消登記手続を求める。

四、被控訴人の右行為に不正の目的が認められないとしても、不正競争防止法一条一号、二号に該当する。即ち、

(一)  控訴人の「田邊屋」という商号及び「田邊屋の冬籠」という商標は高槻市を中心にしその周辺並びに関西地方で広く認識されているものである。

(二)  それだのに被控訴人は、右商号と同一の「田邊屋」という商号、類似の「本家田邊屋」「六代目本家田邊屋」という商号を自分の製菓業の商号とし、「田邊屋の冬籠」「田邊屋の冬籠姫」を商標として商品菓子類及びその包装紙に使用してその商品を販売している。

(三)  そのため控訴人の商品や店舗と混同を生ぜしめている。

五、そこで、控訴人は、被控訴人に対し、不正競争防止法一条一号二号により、被控訴人が右のような商号を使用することと右商号と商標を商品菓子類及びその包装紙に使用することとの各差止めと、被控訴人のした「本家田辺屋」という商号登記の抹消登記手続を求める。

六、仮に右が理由ないとしても、控訴人は「田邊屋の冬籠」という商標を登録しているのに、被控訴人は同一の商標を使用しているからそれは商標法違反である。そこで控訴人は被控訴人に対し商標法にもとづき右商標の使用の差止めを求める。

なお控訴人は、被控訴人に対し「田邊屋」「本家田邊屋」という商号の使用禁止と被控訴人のした「本家田辺屋」という商号登記の抹消登記手続を求めていたが、当審において更に「六代目本家田邊屋」という商号使用の禁止と、右のような商号と商標とを商品菓子類及びその包装紙に使用することの差止めをも求める。(新請求)

第二、被控訴代理人は答弁として次のとおり述べた。

一、本案前の主張

控訴人は、当審で、新請求をしているが、これは請求の拡張であつて、被控訴人の審級の利益を剥奪するから新請求は却下されるべきである。

二、本案に対する答弁

(一)  控訴人主張の請求の原因事実中、控訴人と被控訴人の身分関係が別紙系図記載のとおりであること、被控訴人が主張の頃主張のような商号登記をしたこと、被控訴人が「田邊屋の冬籠」「田邊屋の冬籠姫」を商標としてその商品菓子類及びその包装紙に使用していることは認めるが、その余の事実は否認する。

(二)  被控訴人は「田邊屋」の正統な家系をつぐ老舗である。即ち

(1)  「田邊屋」の元祖は、田邊屋幸七で、二代目田邊屋幸助は高槻藩の御用菓子処を命ぜせら、伊藤姓を許され、「冬籠」という銘菓の製造をはじめた。

(2)  三代目が伊藤梅吉、四代目が伊藤幸三郎こと伊藤孝三郎で、このときから「本家田邊屋」を名乗つた。

(3)  五代目が伊藤栄太郎で六代目は本来ならば同人の息子訴外伊藤昭八郎が承継すべきところ、同人が訴外日星電機株式会社に勤務し、商業に従事しないため、右伊藤栄太郎の弟である被控訴人が六代目を襲つて営業に従事しているものである。

(4)  四代目伊藤孝三郎のとき、末弟である控訴人を分家させ「西田邊屋」を名乗らせた。したがつて、控訴人は分家筋で本家である被控訴人の寛容と恩恵によつてはじめて営業ができるに過ぎない。

第三、控訴代理人は、右答弁に対し次のとおり述べた。

一、被控訴代理人主張の本案前の主張は根拠がない。

第二審での訴の変更は第一審を失わせることにはなるが、請求の基礎に変更がないかぎりその弊害は少なく、訴訟経済による利益はその弊害を償つて余りがあり、相手方の審級の利益を失わせるものではない。

本件請求の拡張はその請求の基礎が同一である。即ち、被控訴人の本件一連の行為は、不正競争防止法の規定に該当する行為であり、不正競争防止法も商標法も後者が商標権設定という行政処分を媒介にしている点を除外すると全く同一であるから、そのまゝ商標権の侵害行為でもある。したがつて、請求の基礎を同じくするものである。

二、伊藤栄太郎は、昭和二二年に高槻市における「(東)田邊屋」の最後の物的施設を売り払つて完全に営業を廃止しそれとともに商号権「(東)田邊屋」も消滅したもので、戦争により一時中絶していたものではない。

三、仮に、伊藤栄太郎死亡当時高槻市における「(東)田邊屋」の商号権があつたにしても、右商号権は、その相続人である妻訴外伊藤美ツギ、長男右伊藤昭八郎、二男訴外伊藤孝夫、長女訴外伊藤公子、二女訴外伊藤道子の共有である。

そうしてこれらの者は被控訴人が営業をはじめた昭和三三年一二月頃誰一人として菓子営業をしておらないし、被控訴人に右商号権を譲渡していない。

第四、証拠<省略>

と述べたほかは、原判決事実摘示のうち証拠記載欄と同一であるからこゝに引用する。

理由

一、被控訴代理人主張の本案前の主張について判断する。

(一)  「控訴審には民訴三七八条によつて別段の定ある場合を除くの外第一審の手続が準用されており、訴の変更については控訴審において別段の規定がないから民訴二三二条の規定は控訴審にも準用があり、従つて当事者は控訴審においても右二三二条の要件に合する限り訴の変更をなし得るものと解するを相当とする」(最高裁判所昭和二七年(オ)第九七二号一〇四一号同二八年九月一一日第二小法廷判決民集七巻九号九一八頁、昭和三六年(オ)第一三五号同三七年一一月一六日第二小法廷判決民集一六巻一一号二二八〇頁参照)。

(二)  控訴人は原審では、被控訴人が昭和三三年一二月高槻市内で控訴人の商号である「田邊屋」と同一の商号「本家田邊屋」という類似の商号を控訴人の営業と混同させるいわゆる不正競争の目的で使用しはじめ、その製品であるあん巻菓子に控訴人が商標登録している「田邊屋の冬籠」と同じ商標で販売をはじめ昭和三四年四月六日「本家田辺屋」との商号登記をしたことを事実上の基礎にそれを商法二一条不正競争防止法一条二号によつて法律構成し、被控訴人に対し「田邊屋」「本家田邊屋」という商号の使用の差止めと、商号登記の抹消登記手続を求めたのに対し、当審では、控訴人は被控訴人に対し「田邊屋」「本家田邊屋」「六代目本家田邊屋」の商号と、「田邊屋の冬籠」「田邊屋の冬籠姫」を商標として商品菓子類及びその包装紙に使用することの差止めをも求め、その請求の原因としては、右のような商号と商標を商品菓子類及びその包装紙に使用している事実を、不正競争防止法一条一号によつて追加したものである。成るほどその差止めを具体的に求める範囲が一部拡張されてはいるが、それらの基礎をなす社会的事実関係には同一性があり、右訴の変更は請求の基礎には変更がないものと認められる。

(三)  右訴の変更により、本訴訟の訴訟手続を著しく遅滞させた点は何処にも見当らない。

(四)  そうすると控訴人の右訴の変更は許容されるのが至当であるから、被控訴人のこの主張は排斥を免れない。

二、控訴人主張の商法二一条による被控訴人の商号使用禁止と被控訴人がした「本家田辺屋」という商号登記の抹消登記手続請求について判断する。

(一)  控訴人と被控訴人との身分関係が別紙系図記載のとおりであることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一ないし同第一五号証(同第四、第一三号証は各一、二)控訴人と被控訴人の各店舖の写真であることについて当事者間に争いがない検甲第一、同第二号証、検乙第四号証、訴外伊藤学が昭和三四年九月に撮影した伊藤家の墓石の写真であることについて当事者間に争いがない検甲第三号証、いずれも原審におけ被控訴本人の尋問の結果により、戦前訴外伊藤栄太郎が使用していた菓子紙の写真であることが認められる検乙第一号証、被控訴人の店舖の写真であることが認められる同第二号証、控訴人の店の広告の写真であることが認められる同第三号証、原審証人小谷宗重(一部)当審証人寺崎キン、同林浅一、同伊藤ヨシヱ(一部)同伊藤学、及び同伊藤昭八郎(一部)の各証言や、原審における控訴、被控訴各本人尋問の結果の夫々一部と弁論の全趣旨を総合すると次の事実を認めることができる。

(1)  控訴人の父訴外亡伊藤梅吉は、高槻市大字上田部で「田邊屋」という商号で菓子製造販売業を営み、「冬籠」という名前の菓子を製造した。

(2)  その後伊藤梅吉の営業をその子訴外伊藤幸三郎こと伊藤孝三郎が継承した(大正一一年家督相続届出)。そうして、同人は、大正八、九年頃その弟である控訴人を分家させていわゆる「のれん分け」をしたので(控訴人の分家届出は戸籍上昭和五年一〇月一六日受け付けられている)、控訴人も、高槻市大字上田部で「西田邊屋」又は「田邊屋」という商号で右冬籠の製造販売業をはじめ、大正一四年五月一五日菓子及びパン類に「冬籠」という商標の登録をすませた(商標登録第一七一三六八号)。

(3)  このようにして、高槻市内に「田邊屋」が二軒併存して菓子屋を営業するようになつたので、本家筋に当る伊藤孝三郎は商号を、「本家田邊屋」として営業し、同人が昭和一一年に死亡してからは、その子訴外亡伊藤栄太郎が右営業を継承した。そうして、昭和一七年頃には、控訴人方と区別して「東田邊屋」ともいつていた。

(4)  ところが伊藤栄太郎は昭和一八年頃応召したので、高槻市における営業を廃止し、営業道具類を全部処分してその家族は、同人の妻の郷里である愛媛県大洲市に疎開した。

伊藤栄太郎は、昭和二一年頃復員してきて同市に定住し、昭和二二年頃には、高槻市にあつた貸家などを処分してしまつた。その後は、大州市で家族とともに指圧療法の教師を(妻は着物の行商を)して生活を送つていたが昭和三一年二月二七日大洲市内で自殺した。

(5)  控訴人の営業は、大正八、九年頃から今日まで継続され、何時の間にか、「田邊屋」といえば、控訴人方の店舖をさし、控訴人といえば、「田邊屋」と呼ばれ、その製品である「冬籠」は、高槻市の代表銘菓として高槻市を中心としたその周辺である吹田市、更には京都市、大阪市、芦屋市辺のいわゆる京阪神地方までその名前が知られて賞味されるようになつた。

(6)  他方被控訴人は、昭和二一年に復員し、定職なく、高槻市内で、百姓の手伝いをしたり、下駄や傘の行商をしたり人夫などをしていたが、親類がみかねて、昭和二六年頃から控訴人方に住み込ませたので、被控訴人はそれからは控訴人方の営業を手伝い、妻帯後は通勤して控訴人方で稼働していた。

ところが、被控訴人は、昭和三三年一二月頃、右伊藤栄太郎の長男訴外伊藤昭八郎と相談し、高槻市で伊藤栄太郎のしていた「本家田邊屋」の営業を再び始めようとしてその計画を進め、同月頃無断で控訴人方をやめ、控訴人方店舖から約一〇〇メートルも距つてないところに借家して「本家田邊屋」「六代目本家田邊屋」の商号で突如開店し、この商号を使用して同一の製品であるあん巻菓子に「冬籠」と名付けて商品菓子類の販売をはじめた。

(7)  その店舖の看板には「六代目本家田邊屋」と、店舖入口ガラス戸には「本家田邊屋」と夫々書きあらわし、被控訴人の製造する「冬籠姫」という菓子が古い伝統のある高槻銘菓であることを宣伝している。そして、その包装紙には「六代目本家田邊屋」との商号と「本家田邊屋の冬籠姫」との商標を印刷している。

(8)  被控訴人は、伊藤栄太郎が「本家田邊屋」の五代目であり、戦前田邊屋が二軒併存していたところから、自分は伊藤栄太郎の後を襲つて六代目として「本家田邊屋」を正当に再興できるものと考え右のような挙に出た。

(9)  被控訴人の店舖ができたので、控訴人方の店舖と混同され、控訴人の顧客のうち間違えて被控訴人方の店舖に行つたり、商品の注文の電話が間違つて被控訴人の方に行つたりすることも屡々で、被控訴人の製造する「冬籠」の品質が悪いため控訴人方の信用を落したこともある。

以上の事実が認められ、右認定に反する原審証人小谷宗重、当審証人伊藤ヨシヱ、同伊藤昭八郎、の各証言と原審における控訴、被控訴各本人尋問の結果の夫々一部は採用しないし、そのほかに右認定をくつがえすことのできる証拠はない。

(二)  右認定事実即ち伊藤栄太郎は昭和一八年頃応召するとき営業用の道具類を全部処分して、家族をその妻の郷里である大洲市に疎開させ、復員後、昭和二二年頃には高槻市にあつた貸家も処分し、自殺する昭和三一年まで大洲市にその家族と居住し指圧療法の教師をしていた事実から判断すると、伊藤栄太郎は、昭和一八年からは高槻市で「本家田邊屋」の商号で菓子製造販売業を営業する意図は全くなく、「本家田邊屋」という商号の使用を廃止したものとする外はない。

なお伊藤栄太郎がその商号権を被控訴人に譲渡した証拠は何処にもないし、同人の家族がその商号権を使用して高槻市で菓子製造業を営んだ証拠もない。

(三)  右認定事実即ち被控訴人は戦前田辺屋が二軒併存していたところから自分は伊藤栄太郎の後を襲つて六代目「本家田邊屋」を再興する意図で、昭和三三年一二月頃被控訴人肩書住所地に店舖を構え、「本家田邊屋」「六代目本家田邊屋」という商号で菓子製造販売業をはじめた事実から判断して、客観的には、右に説示したとおり伊藤栄太郎は「本家田邊屋」なる商号を廃止したのであるから、その再興ということもありえないが、被控訴人の主観においては、飽くまでも伊藤栄太郎が嘗つて使用していた「本家田邊屋」という商号を自分も使用してその後を襲う意図のもとに、「本家田邊屋」「六代目本家田邊屋」という商号で、製菓業を営むため新店舖を開店したもので、したがつて、被控訴人の右主観的意図には、一般人をして被控訴人の営業を控訴人の営業であるかのように誤認させようとする意図即ち商法二一条一項にいわゆる不正の目的はなかつたとしなければならない。

(四)  そうしてみると、控訴人の商法二一条にもとづく本訴請求はその余の判断をするまでもなく失当である。

三、そこで控訴人主張の不正競争防止法一条一号二号による請求について判断する。

(一)  不正競争防止法一条一号及び二号は、本法施行の地域内において広く認識せらるゝ他人の商号、商標と同一又は類似のものを使用し又はこれを使用したる商品を販売して他人の商品或は他人の営業上の施設又は活動と混同を生ぜしめる行為をする者があり、そのため営業上の利益を害される虞れのある者は、この行為の差止めを請求できると規定しており、同規定は、商法二一条一項と趣きを異にし、右行為者に不正の目的のあることを要件としておらない。したがつて、本件において、被控訴人には不正の目的がないことは右に説示したとおりであるが、右認定の被控訴人の一連の行為が、不正競争防止法一条一号二号に該当するかどうかを考究しなければならないわけである。

(二)  不正競争防止法一条一号及び二号にいうところの「本法施行の地域内において広く認識せられる」とは、本邦全般にわたつて広く知られていることを必要とせず、一地方(例えば京阪神地方)において広く知られている場合も含まれると解するのが相当である(最高裁判所昭和三四年(あ)第七八号同年五月二〇日第二小法廷決定刑集一三巻七五五頁参照)ところ、控訴人の「田邊屋」という商号及び「田邊屋の冬籠」という商標は高槻市を中心にしてその周辺及び京阪神地方にまでも広く知られていることは前に認定したとおりである。

(三)  不正競争防止法一条一号及び二号にいうところの他人の商号、商標は、それらの登記、登録の有無を問わないと解すのが相当である。なぜならば、同法は少なくとも一地方において広く認識された商号や商標の使用を不正競争から保護することをその目的としているからである。登記、登録を要件とするのであれば、わざわざ法が「広く認識された」商号や商標とことわる必要がどこにもなかつたといえる。

したがつて、本件において、控訴人の「田邊屋」という商号及び「田邊屋の冬籠」という商標が、右認定のとおり京阪神地方では広く認識された控訴人の商号であり商標であつたと説示すれば足りる。

(四)  被控訴人が「本家田邊屋」「六代目本家田邊屋」という商号を使用していることは右に認定したとおりであり、それらは、控訴人の「田邊屋」という商号と類似商号であるといえる。そのわけは、「本家田邊屋」「六代目本家田邊屋」という商号も、その中心は「田邊屋」におかれていることは我々の語感からしてたやすく推認できるから、共通な「田邊屋」という文字に「本家」又は「六代目本家」がその頭につけられたにすぎず、それによつて我々は全く異つた印象を抱くことは無理で、むしろ全体的に観察して非常に両者は親近感のある類似商号となつているからである。

(五)  被控訴人が「田邊屋の冬籠」「田邊屋の冬籠姫」を商標として商品菓子類及びその包装紙に使用していることは当事者間に争いがない。

そうすると、被控訴人が使用する「田邊屋の冬籠」という商標は控訴人の商標と同一であり、「田邊屋の冬籠姫」は、控訴人の商標に僅か「姫」の一字を接尾しただけで、極めて控訴人の商標と類似しているといえる。そのわけは、「姫」を接尾することにより我々は全く異つた別の商標であるとの印象をうけないばかりか、全体の感じから、極めて、それが類似した商標であるとの印象をうけるからである。

(六)  被控訴人が「本家田邊屋」「六代目本家田邊屋」という商号と「田邊屋の冬籠」「田邊屋の冬籠姫」という商標を商品菓子類及びその包装紙に使用しているため、控訴人の商品と混同が生じていることは右に認定した「被控訴人の製造する「冬籠」の品質が悪いため控訴人方の信用を落した」事実から窺知できるのであり、その被控訴人の一連の行為により控訴人は営業上の利益を害せられる虞れのあるものであることも推認に難くない。

(七)  したがつて、控訴人は、被控訴人に対し不正競争防止法一条一号にもとづき被控訴人が「本家田邊屋」「六代目本家田邊屋」という商号と「田邊屋の冬籠」「田邊屋の冬籠姫」という商標を商品菓子類及びその包装紙に使用する行為を差し止めることができるとするの外ない。

(八)  被控訴人が、「本家田邊屋」「六代目本家田邊屋」という控訴人の「田邊屋」という商号と類似の商号を使用して控訴人の営業上の施設又は活動と混同を生ぜしめていることは、さきに認定した「控訴人の顧客のうち間違えて被控訴人方の店舖に行つたり、商品の注文の電話が間違つて被控訴人の方に行つたりすることが屡々である」との事実から認めることができる。

右認定事実によつて控訴人が営業上の利益を害される虞れがあることも推認に難くない。

(九)  したがつて、控訴人は被控訴人に対し、不正競争防止法一条二号にもとづき、被控訴人が「本家田邊屋」「六代目本家田邊屋」という商号を使用する行為の差止め請求ができる筋合である。

(一〇)  右差止め請求には類似商号の登記の抹消登記請求も含まれると解するのが相当であるそのわけは、被使用者は右抹消登記手続がされない限り、その商号登記に妨げられ自分の商号の登記が同一市町村内で同一の営業のため何時までもできないことになる(非訟事件手続法一五八条)。また他面禁止を命じられた商号の使用者は、ただ登記上は商号権者として登載されているというにとどまり、事実上はその商品を使用できない立場にあり、商号を登記しておく実益は完全にないわけである。このように使用を禁止された商号の登記を残しておくことは商号登記制度の精神に反するから、その登記を抹消し禁止を求めた未登記商号権者の利益をはかるべきであるからである。

ところで、被控訴人は昭和三四年四月六日大阪法務局高槻出張所に「本家田辺屋」という商号の登記をしたことは当事者間に争いがなく、控訴人の「田邊屋」という商号が未登記であることは控訴人の自認するところである。

なお被控訴人が本訴でその使用差止めをうける商号は「本家田邊屋」で登記のある「本家田辺屋」とは、その字体が異なるが、両者は、第四字目の「べ」が当用漢字を用いているかどうかの違いだけで、同一のものと考えられる。

したがつて、控訴人は、被控訴人に対し、不正競争防止法一条二号により右「本家田辺屋」の商号登記の抹消登記手続も求められるとしなければならない。

四、しかし控訴人は、被控訴人は「田邊屋」という商号を使用しているとしてその使用の差止め及び「田邊屋」という商号を商品菓子類及び包装紙に使用する行為の差止めを請求しているが、被控訴人が、そのような商号を使用していると認めるべき証拠がないから、控訴人の本訴請求のうちこの部分は失当である。

五、以上の次第であるから、控訴人が被控訴人に対し、「本家田邊屋」という商号の使用の差止めと、被控訴人がした「本家田辺屋」という商号登記の抹消登記手続を求める部分は正当であるが、これを超える部分は失当として棄却を免れない。したがつて、右と異なる原判決は失当であるから、取り消して右のように変更し、控訴人の新請求のうち、「六代目本家田邊屋」という商号の使用の差止めと、「本家田邊屋」「六代目本家田邊屋」という商号と、「田邊屋の冬籠」「田邊屋の冬籠姫」という商標を商品菓子類及びその包装紙に使用することの差止めを求める部分は正当として認容し、これを超える部分は失当としては棄却し、民訴三八六条八九条九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 平峯隆 大江健次郎 古崎慶長)

別紙

系図<省略>

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